近年、親しくさせていただいている書道家の鹿田五十鈴さんの個展に行ってきました。毎年この時期に銀座で開かれているのですが、今回はベルギーやフランスでの個展を好評のうちに終えられたばかりということもあって、久しぶりにお会いしたそのお顔には、充実感がみなぎっていました。
鹿田さんの書は、毎回、「風」、「竹」、「波」などのテーマとなる字を決め、その字をどこまでも自由に、時には絵画のように表現したようなスタイルです。今年のテーマは「舞」。この字には様々な動きを連想させるものがあるせいか、作品ごとに表れる世界が全く違っており、見ていて飽きない、とても愉しい世界でした。
どのように制作されているのか興味があり、お話を伺ったところ、まず、この日は一日書くという日を決め、その日は朝から心を落ち着けて、長い間、様々なことを考えながら墨をするのだそうです。そして、書く時はいつも「無心」で、エイっという感じなのだとか。この、「無心」で書けた時が、一番うまくいくようです。また、同じ字を「無心」で書くと、同じ日には同じ感じの、翌日になれば全く違った表現になるそうで、人は毎日生まれ変わっていることが分かる・・・という言葉が、印象的でした。
音楽も「無心」で弾くと、いい感じで弾けない?と聞かれ、確かにそうかもしれないと思いました。練習の時には様々なことを考えたり確認したりしますが、本番では「無心」で弾いている時が、一番その音楽の持つ世界が表現出来ているような気がするし、お客様にも同じ世界に入っていただき易い感じがします。やはり、表現というのは、意識を解放した無意識の深い海のようなところから、自由かつ、自然で美しいイメージが生まれるものなのかもしれないですね。
ただ、演奏は、書のように自分の家で出来るものではなく、多くの方が見守るホールで行われるものなので、「無心」になるのは難しいものがあります。今度の16日のリサイタルでは、弾いている間中ずっと、というのは無理としても、「無心」で弾ける瞬間が沢山あればいいなと思っています。