その後のロケは、横浜と、都内の某音大、都内にあるアパートで行われたのですが、それぞれに楽しいものでした。特に横浜では、ちょっと嬉しい出会いがありました。
そこは石橋凌さん演じる音大教授宅という設定の洋館だったのですが、音楽監修の先生と、「音大教授の家なら外国のピアノの方がそれらしいけど、どのメーカーが置いてあるのだろうね」などと話しながら現場入りしました。すると、そこには私の愛するベヒシュタイン、それも1890年代製の上品な装飾のあるピアノが置かれているではありませんか!楽器店の方が、「うちにある一番いい楽器を持ってきました」とおっしゃっていましたが、色といい形といい、本当に素敵なピアノでした♪
残念なことに、ロケ地では全て私の録音に合わせて弾くため、その音が聞きやすいように、ピアノは鍵盤を押しても音が出ないように調整されていました。なので、その美しいピアノがどのような音を発するのかは謎のままです。楽器店の方も、私がベヒシュタイン好きだと知って、思いっきり弾いてもらいたかったと残念そうにおっしゃっていました。
その他、今回はピアノを弾くという以外に、変わった仕事がオマケで付いてきました。ドラマの中で、主人公が手紙を書くシーンがあるのですが、宮沢りえさんの字が使えないということで、急遽、ピアノで手元が映る私に依頼がありました。習字をならったこともなく、決して字には自信がありませんでしたが、お役に立てるならとお引き受けし、便箋1枚分の手紙とハガキ数枚を書かせていただきました。
今まで万年筆など使ったことがなかったのですが、インクの出具合など、結構難しいものがありますね。特に撮影では、ハガキを書くシーンが2度ほどあったのですが、私の頭や体がカメラに入らないように、不自然な体勢で書くのが大変でした。それも、「よーい、スタート」の掛け声の後で、大勢のスタッフに囲まれて、沈黙の中で長々書くのはピアノよりも緊張しました。字を書くだけと簡単に考えていたのですが、こうと分かっていればもう少し準備も出来たのに!と後悔。けれど、こんな機会は今後まずないでしょうね(笑)。
他にも書きたいことはいろいろあるのですが、全体を振り返ってみて思うのは、華やかに見える芸能界も、現場は寒く、必ずしもキレイではないし、時間に追われる中で地道に撮影を積み重ねていくものであり、想像していたよりも地味な世界でした。その中で、いい作品を作りたいという大勢の人の熱気のようなものが漂っており、やはりいいものだなと思いました。
そして何より今回は、育児の世界にどっぷり浸かっていた私に(それはそれで楽しいのですが)、ピアノを弾く喜びや、音楽の素晴らしさ、仕事をする楽しさを思い出させてもらえる機会となり、お声かけくださった方々には、とても感謝しています。
江國香織原作「神様のボート」、NHK‐BSプレミアムでの放映は、3月半ばと聞いています。詳細がはっきりしましたら、またお知らせさせていただきますね!