世界的に活躍する日本画家である千住博さんの本です。今まで千住さんの本は何冊か読みましたが、芸術というものが非常に分かり易く書かれていることに、いつも感心します。朝日新聞の読者からの様々な質問に回答するという形のこの本では、絵の制作から芸術全般、また、日常生活に至るまでテーマが多岐にわたっており、最後まで興味深く読みました。
様々な面白い話の中で特に印象に残ったのが、「体調と作品の出来不出来は関係あるのか?」という質問に対する答えです。芸術家にとって最も大切なものは、そのよって立つところの健康感なのだとか。芸術家が病んでしまっていては、すべてが病んで見えるから、見る人の共感や共鳴はあり得ない。自ら色メガネをはずし、だれとも変わらない人間として正直にものを直視することから芸術家の人生は始まらなくてはならないとおっしゃいます。そういう千住さん、精神が異常だったらしいと言われるゴッホの絵を見てすら、その思いを再確認するのだそうです。
「1枚の絵はどのくらいの時間で出来上がるものか?」という質問に対しては、その絵を完成した時の年齢と同じ年月、という答え。ただ画面を塗るという作業だけを言えば2,3日もあれば出来るけれど、なぜそれを描きたいと思ったか、その色、モチーフを使うことになったかということは、結局その人が今日まで生きてきた人生の積み重ねにより決まってくるということです。これは、作曲や演奏など音楽の世界にも当てはまることであり、結局芸術とは、その人の人生の表れということなのでしょうね。
また、芸術とは、イマジネーションをコミュニケーションしたいという、本来誰もが持っている心のことと信じる千住さん。その単純で大切なことが現在は失われつつあり、人々は美やイマジネーションを軽視して、儲けることのみが目的の拝金主義の闊歩する殺伐とした時代になったというくだりには、共感するものがありました。そういう今だからこそ、芸術的な価値観に目を向け、真に豊かな時代を皆で築いていこうという意識を持ちたいものですね。芸術に携わるものの一員として、そのような思いを自然に受け手に持ってもらえるような、芸術の真の力を伝えられる演奏を目指して、日々精進していきたいと思ったのでした。