今回初めてCDを作るにあたり、何を録音しようかと考えた時、迷わず浮かんだのがシューマンです。昔から、シューマンの音楽を聴くと無条件に心がふゎ~っと広がり、じんわり温まるような感覚があります。そして、「シューマンワールド」と言うほかはない、独特の夢の世界に連れられていくような感じがするのです。
私にとってシューマンは、演奏する時に、一番ありのままの自分でもって躊躇なく表現できる作曲家でもあります。今まで様々な作曲家の作品を弾いてきましたが、ほとんどの作曲家の場合、作曲家の特徴や魅力を自分なりに解釈して、それに自分の感覚を合わせていくという意識が働きます。ですが、シューマンの場合は何故か、そのような意識は持たずに感じたままを表現しても大丈夫そう、という安心感があるのです。(天国にいるシューマンから、「いや、それはちょっと違うんだけど」と言われなければいいですが・・・!)
作品が気に入っているのはもちろんですが、「人間・シューマン」にも惹かれる部分は多いです。いくつか挙げると、文学好きで詩情豊か、大変なロマンティストである一方で、音楽評論を行うなど冷静で且つ鋭い視点ももっている。しかも、その音楽評論がただ欠点を書きたてるのではなく、対象である音楽家に常に愛情をもった指摘をしている点。また、保守的な音楽評論家達を打倒しようと、架空のメンバーによる同盟を作り出して作品や評論に表すのですが、その勇敢な態度と可愛げのようなものにも惹かれます。そして、なんと言っても、クララへの愛。クララの父親の猛反対にあっても、裁判で勝利を収め、結婚に至るまで粘り強く愛を貫いたその姿も感動的です。
シューマンといえば、若い頃から患っていた躁鬱病や、ピアニストとして当時かなり有名だったクララへのコンプレックス、精神病院での最期など、影の部分も見逃すわけにはいきませんが、そのような辛い人生の経験も、作品により深みをもたらしているように思えてなりません。
今までのリサイタルでは<謝肉祭>や<交響的練習曲>などの作品を弾いてきましたが、最後のフィナーレを弾いていると、作品からエールが送られてくるような感覚があり、練習時にも熱いものが込み上げてくることがしばしばでした。このような作品の力に共感する一方で、今回の収録曲にあるような、シューマン独自の安らぎと夢の世界にも強く惹かれています。今、<子供の情景>などを練習していますが、特に何も意識せず目をつぶって弾いているだけで、弾き終わった後で空気が澄みきって見えることがあります。そういう時は、きっとα波が出ているのでしょうね。
以前、作曲家の武満徹が、「シューマンは<子供の情景>を作曲しながら、自分自身が癒されていたのだと思う」と書いていたのを読んで、なるほど・・と思いましたが、今回の収録曲からは、練習しながら私自身が癒されているのを感じています。CDを聴いてくださる皆様にも、是非この感覚が伝わってほしいと願いながら、ピアノに向かう毎日です。