少しご無沙汰してしまいました。年の瀬に入り、寒さが本格的になってまいりましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。私の方は、少しゆっくりする時間が出来ましたので、好きな本を読んだり、音楽を聴いたりしながら過ごしておりました。その中で最近、特に興味をひかれていたのが、ピアニストのマルタ・アルゲリッチです。
アルゲリッチは、今年79歳になるアルゼンチン出身の女性ピアニストで、現代最高のピアニストの一人と言われています。私は正直に言うと、本能のまま自由奔放に弾く演奏の印象が強く、これまで特に好きというわけではありませんでした。ですが、先日たまたま、今年の6月に無観客のホールで行ったソロ演奏の動画を発見!ソロは孤独だからと、協奏曲や室内楽ばかり弾いていたアルゲリッチも、このコロナ禍で、36年ぶりにソロを披露する気持ちになったのですね。しかも曲目は、ショパンの大曲、ソナタ第3番。これはもう、ワクワクせずにはいられません!
動画を見終わった後は、涙が止まらないぐらい感動し、しばらく動けないほどの衝撃を受けました。演奏は、終始、少しも媚びることのない真摯な姿勢で、技巧的にも全く衰えが見られず、表現は自由自在。しかも、若い頃の演奏より格段に深みのある音楽を感じました。この歳でこの演奏をするには、これまでどれだけ厳しい姿勢でピアノに向き合い、様々な人生経験を重ねられたのだろう・・と想像すると、その素晴らしさに涙が溢れました。
つい最近も、NHKで、ルツェルン音楽祭でのベートーヴェンの協奏曲の演奏が放送されましたね。演奏を聴いて、やっぱり凄い!と思い、アルゲリッチという人に興味が出て、2014年公開のドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」を観ました。アルゲリッチには父親がそれぞれ違う3人の娘がいますが、これは、三女が監督を務めて撮った映画です。
観終わった一番の感想は、演奏からほぼ想像していた通りの人だった、ということです。やっぱり!とか、なるほど!と思うことが沢山ありました。まず、やはりとても感覚的な人なのだと思いました。何か本質的なことを話す場面になると、「うまく説明できない」「言葉では表せない」となり、最後は目で語ります(笑)。「音楽に説明はいらない」、「音楽は言葉を超えたもの」と話していて、それは確かにそうだけれど、そこを何とかもう少し!と思ったりもしました(笑)。アルゲリッチは感受性の塊のような人で、物事の深い部分までを瞬時に感じ取るのでしょうね。言葉にしようとすると、どれも違う、となる様子がよく伝わってきました。
少し意外だったのは、好きな作曲家がシューマンだということです。シューマンは、直に心の奥の感情に触れてきて、魂の動きを感じるそうで、私もまさに同じように感じていたため、嬉しくなりました。
新しく知ったのは、本番直前に、とてもナーバスになる、ということです。本番では、いつもラクラク弾いているように見えますが、その前は想像以上に緊張していたのですね。舞台袖で、「熱がある」とか、「すごく嫌な気分」「うまく弾けるわけがない!」とか、周りに散々不安をぶちまける様子が、素直過ぎてビックリしました。そして、直前にこれだけネガティブワードを連発して(笑)、よくあのような演奏が出来るなと、ただただ感心。アルゲリッチという名前を背負いながら、常に満席の聴衆を前にして当然のこととは思いますが、こんなに凄い人でもこれだけ緊張するのかと、少し安心しました。
印象的だったことは、常にどこか不安で、満たされない、孤独感を持っている様子です。前述のソロ演奏を見た時、舞台袖に帰っていく姿に何か寂しさのようなものを感じていたのですが、実際も、そのようでした。これは、もしかしたら、小さい頃からの母親との関係に由来しているのでは、と想像しました。
映画を観て初めて知ったのですが、アルゲリッチ、てっきりアルゼンチンの人と思っていましたが、母親はユダヤ系ウクライナ人だったのですね。だから抜群の音楽的才能があったんだ!と妙に納得。ユダヤ系の優れた演奏家は本当に多いですので・・。そのお母さんとアルゲリッチとの間には、幼少期から不思議な距離感があり、「親子のふれあいなんて、あんまりなかった」とのこと。アルゲリッチの最初の子も母親に「誘拐」され、親権を失ったのだとか。幼少期から、母という一番身近な人に、愛情を感じていながらも、うまく心を開けずに過ごしてきたのでしょうね。
「演奏が(昔と)変わった、と言われないか、ときどき不安になる」、「演奏にも老いが出る」、「ある種の能力は落ちてくる」と話す中で、演奏レヴェルを保つことに対して、非常に強い危機感を持っていることが窺えました。それでこそ、今の演奏があるのですね!
今回は、アルゲリッチの素晴らしい演奏の秘密が少し分かった気がして、この映画を作ってくれた長女のステファニーさんに、心から感謝です!そして、アルゲリッチには、これからも最高の現役ピアニストの一人として、命ある限り弾き続けて、私たちに素晴らしい演奏を聴かせ続けてほしいです!!